タバコというもの

 今まで25年間生きてきて、ずっとタバコを吸ったことがなかった。両親がタバコを吸わないし、喫煙者の友人が少なかったこともあって、周りの環境もよかったのだろう。勧められることはあっても、場の雰囲気などハナから考えない人間なので問題はなかった。
 もっとも、中・高校生の頃はけっこうゲーセンに入り浸っていたので、副流煙歴はかなり長い。タバコは吸わないけど匂いが好き、なんて人はほとんどいないと思うけど、ゲーセンに関していえば、「そういうとこだと分かって行ってるんだからしゃーない」というスタンスでやってきた。だんだん喫煙者が周りに増えてきても、マナーを守ってる分には何も言わないでおいた。タバコを憎んで人を憎まず、というわけだ。
 そのスタンスが微妙に狂い始めたのは、本屋でバイトをはじめた頃だろうか。僕はいつも開店前に店の前を掃除していたんだけど、いつもいつも路上に吸殻が5〜10本ほど落ちているのだ。たしかに駅近くの店でそれなりに人通りがある道ではあったけど、その感覚が全く理解できなかった。そしてよくよく見てみると、街にはタバコの吸殻があふれかえっているではないか。
 当時(今もだけど)いろんなことで悩んでいた僕は、しまいには「タバコを吸う人間、特にポイ捨てするような人間とは分かり合えない」というような結論に達した。「タバコ吸わへんの?」と聞かれると「今まで吸ったことないよ」と自慢めいた物言いをするようになった。ほんと、他人との差異をそんなしょうもないことに見出してもしゃあないのにね…。
 とまあ、こんな感じで僕は生きてきたわけです。しかし最近いろいろなことがあり、これからどう生きていけばいいのか考えるうちに、「今までやったことのないこと、理解できなかったことをあえてやってみよう」と思うようになった。実はウラであまりここに書けないようなこともしてるんだけど(犯罪ではない)、その一環でタバコも吸ってみようと。いやー、長い長い前振りでスイマセン。
 法的にはまるで問題がない年齢になってるにも関わらず、多少緊張してライター、タバコ、携帯灰皿を別々の場所で購入、というのも、全部同じとこで買ったらいかにも「初めて」っぽくてなんか恥ずかしくて(超自意識過剰)。ついでに、缶ビールを2本ほど開けて勢いもつけてみる。なんかこうやって振り返ってみるとバカなことしてるな、我ながら…。
 タバコをくわえてライターで火をつけ、ちょっと吸い込んでみる。火のついた先端がじりじりと赤くなって、ふっと息をはくと当たり前のように白くて、そして煙たくて臭い…。まあそこはガマンして、ちょっとずつ深く吸っていくと、何となくじわっとくるものが。「これね…この境地なのね」(森山塔「準子さんの肖像」より)という感じ。そのあと、数時間に分けて5本ほど吸ってみました。
 で、その感想。たしかに頭がちょっとスーッとするかもしれない。空腹もちょっとまぎれたし、今まであまりピンとこなかった「煙草を呑む」という表現も体感できた。だけど、舌がちょっとひりひりしたし、(酒との親和性は高いかもしれないけど)口や鼻に匂いが残るから食事が美味しく食べられなさそう。服や髪も匂う。持ち物がふえるのは面倒だし、吸う場所にも困るし、なんせ金がかかる。
 そんなわけで、買った一式をあっさりとゴミ箱に捨ててしまいました。米粒ひとつ残さず食べる主義の僕だけど、一箱全部吸ってる間に気持ちよくなってきたら困るもんな。で、何か心境に変化があったかというと、やっぱり人間そんなに急に変われるもんじゃないです(ありがちなオチ)。